【新】『東大阪むかしむかし』
足代の長者の霊験譚(前編)

むかしむかしのこと、河内の国は渋川郡・足代の里に佐太夫という者がおった。
藤原鎌足の玄孫(やしゃご)というて、たいそう豊かな長者だったが、残念なことに、たった一人の娘が世にも忌まわしい病気にかかっていた。
美しいはずの娘の顔は、痘瘡(もがさ)で爛れ、膿汁が流れていたのだ。
佐太夫は悲しんで、神仏に祈り薬師を集め夜昼を問わず手をつくしたが、一向に良くなる気配が無い。
そうしたある日のこと、佐太夫の屋敷のそばをひとりの童子が通りがかった。
その童子、行者の装いこそしていたが、じつに気品ある佇まい、なにやら只者のように見えなかった。
佐太夫はもしやと思い、訳を話して童子を屋敷に招き入れた。
童子は、快く佐太夫の頼みを聞き入れて、娘の枕元に座して千手陀羅尼を唱えだす。
あな不思議や、童子が祈るとたちまち膿が流れ出でて、娘の病は嘘のように癒えたのだ。
娘は本来の珠のような美しい姿を取り戻した。
佐太夫はたいそう喜び、蔵を開いてあるだけの財宝を童子の前に積み上げた。
ところが、
「わたくしは物を望んで祈ったわけではございませぬ、ただひとえに世の人の治しがたき病を癒し、悲しむ人の願いを叶えんと祈りをささげるものであります」と言って受け取らなかった。
「あなたは仏さまのようじゃ」
ひれ伏す娘は紅の帯をかたみと思って貰ってくれと無理に手渡し、お住いは何処におわすやと問うと、
「居所は何処と定めたことはありませぬ、されど恋しく思われて参っていただけるならば、紀伊の国那賀郡の粉河というところに住まっております」と言って見送る人たちの前からスッと姿を消した。
あくる年、佐太夫一家はうち揃って紀伊の国に旅立っていったのだ。
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