【新】『東大阪むかしむかし』
後編 The Way Higashiosaka curry bread

昭和の初めごろは知られてきた言うても、カレーはまだまだハイカラで高級な洋食や、田舎ではカレーて何や?という人もようけおったんや。
せやけど他の国のもんを取り込んで日本のものにアレンジするんは、日本人のいちばん得意とするところ、和魂洋才、いろんなことが試みられたんやで。
カレーと言うたら米の飯、ということは炭水化物やったら相性がええということや。
当然いろんな食べ物とコラボするアイデアが出てきたな。
カレーうどんは明治40年代に、東京早稲田のそば屋がはじめたとも、大阪谷町のそば屋がはじめたともいわれて、それらの店ではカレー南蛮やカレーどんぶりもメニューにあがっていたそうや。
そうなると、ぜったいパンも合うはずや。
パンにはおやつとしての菓子パンとごはんとしての総菜パンがあるやろ、総菜パンとは要するにおにぎりやな。
俺、カレーパンは日本人には欠かせないおにぎりに当たるんや、総菜パンの横綱やで。
俺がはじめて登場したんは昭和2年、東京江東区の名花堂というパン屋から売り出されたんや。
水分が多うて焼くのが難しいカレーをパンを油で揚げることでクリア、一個8銭で出すことが出来たんで高級なカレーを手軽に食べれると大人気、店の近所の工場の職工さんがこぞって買いに来たんやで。
俺、カレーパンは生まれた時から庶民の食べ物やったんや!
カレー粉が国産化されて一世紀の間、昭和25年に板状の固形カレールゥが開発され誰でも簡単に作れるようになり、昭和43年には湯煎するだけでOKのレトルトカレーも登場、ついに日本人一年間に45億食も食べるほどになり、カレーはまさに国民食・・・和の食となったんやで。
俺カレーパンも揚げパンのみならず焼きカレーパン、蒸しカレーパンとどんどん進化して海外にも進出するほどになったんや。
東大阪市でも、ものづくりに加えてグルメの街にしようということで、俺が選ばれてん。
もちろん理由は前にも言ったようにハウス食品と花園ラグビーや。
平成23年に東大阪カレーパン会が設立されて、カレーパンを通じて東大阪を盛り上げる試みが始まったんや。
今では東大阪内の22店舗の店でオリジナルカレーパンが開発されて市民の口を喜ばせてるんやで。
おりしも2025年は大阪万博の年、東大阪カレーパンを世界中の人たちに知ってもらうチャンスや!
世界中の人たちが俺を食べることで敵も味方もノーサイド、和の精神で世界の平和に貢献するで~
俺、がんばるで~!!みんな応援してや~!!
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