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【新】『東大阪むかしむかし』

かわちのお正月

かわちのお正月(後編)

三が日

1月2日は礼詣(デイマイリ)、家長が鍬とお神酒などもって恵方から家を出て田んぼへ行きます、三鍬おこして「三石とらしておくれ」と言うて、ごまめを供えて三滴のお神酒を田んぼにたらします。

 

その年も作物がよく実るようにする願掛けだといい、羽織袴の正装で行くのが決まりであったそうですが、ま、その当時でも廃れはじめていたようです。

 

初風呂はこの日に焚いたそうで。

 

1月3日は、各寺が檀家に廻礼(カイレイ)に来ます、お住持っさんが家に来ると「ものもう」と声をかけるので、これに「どうれ」と答えて応待したそうです。

 

にらみ鯛はこの日に食べます、厄年の人は鯛の姿をくずさずに少し食べ、のこりは恵方に埋めたそうです。

松の内

1月4日は四日味噌とも福わかしともいい、神棚の供物をおろして水菜を入れて焼雑炊にして食べます。

 

これに焼餅をいれるのですが、餅を焼くことをフクラカスというたそうで・・・

 

また、この日は初山(ハツヤマ)といって山へ仕事にはじめて入る日でもあり、女の仕事始めの日でもありました。

 

1月7日は七日正月(ナヌカショウガツ)、七草を摘み、赤味噌と米を入れた七草雑炊をつくる、餅を入れるところもありました。

 

日下では、両親のあるおとんぼ(一番末の子)の男の子が、6日の晩に恵方を向いて「唐土の鳥は日本の先に渡らぬ先に七夜七草囃しましょ」という文句を唱えながら七草を摘んだといいます。

 

この文句は村から害をする鳥を追い出すまじないだそうです。

 

10日はエビスサン、そして14日で松の内は終わり。

 

家々では正月飾りをおろし、餅花の枝や竹や藁を「ようねんこうじゃ、ここらのやつはようねるやつや。」とか「おばはんトントのしばおくれんか、一把か二把か三把か四把か、しぶいかほりだせ、あまいかうちいれ」と、子どもたちがこう唄って各戸から集めてきたもので、日が暮れてからトンドを立てます、トンドの火で年神さまを送り出すのです。

 

恵方から火を入れ、青竹にお鏡餅を挟み「ブドの口や焼け、焼け」といって餅を焼く、青竹についたトンドの火は家へ持ち帰り小豆を炊き、明くる15日に小豆粥をつくります、その中に焼いた鏡餅も入れて食べたそうです。

 

池島では苗代トンドといって、焼け残りの青竹を持ち帰り苗代田に挿したといい、善根寺ではよそとは違い1月6日にトンドをする、これを神トンドと言うたそうです。

 

また、枚岡の豆焼といってトンドの火で豆を焼く、火のついた燠をへっついの傍らに並べ豆を月の数で12個を置く、白く焼ければその月は晴れ、黒く焦げれば雨が多いと1年間の晴雨を占ったそうです、これは各戸でも枚岡神社でも行われました。

 

1月16日は藪入り、嫁や奉公人は里へ帰る、休みは20日まで。

 

20日を骨正月(ホネショウガツ)といい、この日をもって正月は終わります。

 

正月用に吊った塩魚がこのころには骨ばかりになるので、その骨を入れた雑炊を食べる、ふつうの家では棒鱈やイワシ、ムロアジですが、ええしの家ではブリを用いて大豆や大根を入れた糟汁にしたそうです。

 

これで正月はおわり、あと一年間きびしい労働と悲喜こもごもの暮らしがはじまるのです。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。