【新】『東大阪むかしむかし』
かわちのお正月(前編)

お正月には凧揚げて独楽を回して遊びましょう~♪
近頃ではお正月というても常の日と変わりなく、年々正月らしさが失われていくように感じますが、40~50年前まではそうでなく、大晦日には皆こぞって買い物に出て商店街は人であふれ夜遅くまで賑わっていたものです。
その代わりといえばなんですが、三が日はどこにも開いてる店はなく、皆家で正月を祝ったものでありました。
ましてやその時からまだ半世紀前、100年ほど前のお正月とはというと・・・
古きかわちの正月風景、「枚岡市史」からピックアップしてみました。
12月13日はコトハジメ、正月の準備の始まる日であります。
門松・注連縄・年の箸など、正月に必要なものはすべてこの日に用意します。
年神さまを迎える門松の若松はこの日に山に伐りに行き、注連縄もこの日に綯い、年の箸もこの日に栗で拵えて餅つきや元旦の雑煮炊きのときに使います。
また、この日からお歳暮もはじまります、カガミスベリというてお鏡餅を親や親方へ贈ります、嫁は嫁いだ年は角餅、その後は丸餅を里へ持ってゆく習わしだったそうです。
12月28日か30日は餅つきの日、お鏡、餅花、小餅をつくります。
池島では餅つきの夜に元旦とおなじ味噌雑煮をつくって食べる習わしだったそうです。
柳の枝を恩智川の土手から採ってきて小餅をつけ餅花を作り、神棚や台所・中の間に恵方にむけて挿します、柳の枝は小正月とんどの日に焚き、小餅は6月1日に煎って食べたそうで。
大晦日の昼過ぎから、松飾り・床の間飾り・注連縄を飾り、床の間には三宝に紙を乗せ裏白を敷いてその上に鏡餅を乗せます。
大根・ニンジン・ごぼう・クワイ・レンコン・焼き豆腐・棒鱈・ごまめ・カズノコなどから七種の煮〆を拵えます。
池島では昼に餅の入ったツゴモリぜんざいを食べて夜ご飯、他所ではツゴモリソバ(晦日蕎麦)を食べたそうです。
蕎麦の美味しい年の翌年は吉い年だといったそうですが、そばを食べだしたのは明治以降のことだそうで・・・
そして、年が明け、元旦の朝を迎えます。
家長は4時ごろ起きて新しい桶と柄杓を持って井戸へ向かい、注連縄・小餅・ミカンを供えて恵方を向いて、若水(ワカミズ)を汲みます。
汲んできた水は門先にもっていって顔を洗い、それから豆の木で雑煮に火付けをします、雑煮は白みそを用いて昆布・焼き豆腐・大根・ニンジン・泥芋・クワイ・牛蒡など7種をいれました。
ええしの家では座の中央に大鯛一尾を置いて、3日まで箸をつけず、にらみ鯛にいたします。
ふつうの家では鯛の代わりにムロアジの塩魚、三が日膳に乗せておいて、食べるのは20日の骨正月の日でありました。
昼は祝い直しというて朝の雑煮を食べます、元旦の一日はこうして暮れてゆきました。
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