【新】『東大阪むかしむかし』
かわち町々(ちょうちょう)何と言う地(後編)

「だいたいはやな、地名はやな、呼び名が先にあってん。つまり言葉や、文字はあとから当てられたんや」
「せやから、(くさか)には、(日下)とか(孔舎衙)とかいろんな漢字があるんやな」
「川がひんぱんに切れて水害に遭うから(きりかわ)、(切川)だとゲン悪いから(喜里川)の漢字を当ててん」
「字面のええのん選んでんねンな」
「このように土地の名前は地形が元になってるのが多いな。昔は大和川が北へ流れてたんで河内は湿地沼地が多かったんや、せやから川や沼、水にまつわる地名が多い」
「川田、川中、荒川、渋川、横沼、三ノ瀬、森河内・・・ほんまやな」
「近江堂も大水戸、弥刀も水戸、長瀬川の水門からきてるんや。大和川の上流から上之島、池島、吉田下島と続いてるし、島之内ってのもあるな」
「河内じたいが河の内(なか)ってことやもんな」
「あと河内は神武天皇からの古い歴史のある土地やから、古代の豪族や制度などにまつわる地名も多いな。額田は額田氏が開拓した土地やし、巨摩橋の巨摩は高麗(こま)、渡来人の意味や。布施は布施に布施屋があったからで、布施屋とは貧しい人の御救い小屋のことや。また枚岡地区の四条や五条は条里制からきてるんや」
「なんや条里制って?」
「奈良時代の土地の区画割で、一条からはじまるんや。ちなみに枚岡地区の条里は福万寺からスタート、池島が二条、六万寺が三条、十条の善根寺まで続いてたんや」
「ほんまやなァ、土地の名前にはその歴史が籠ってんねんな」
「地名は土地の履歴書やねン」
「難読地名に由来あり、やな。あまりむやみに地名変更したらアカンな」
「あちゃ~!?お客さんみな去んでしもたで・・・」
「ほな、おそまつでした~」 「ほな、おそまつでした~」
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