【新】『東大阪むかしむかし』
The power of screws changed the world(後編)

それがしは小栗忠順(ただまさ)、三河以来の旗本で徳川幕府の勘定奉行や外国奉行などを務めていた。
安政7(1860)年の使節団として咸臨丸でアメリカに渡った時のことだ、ワシントンの造船所を見て非常に驚いた。
ワシントンの街に建ち並ぶビルや蒸気機関車などにも驚いたが、なにより造船所において船はもちろんのこと次々と作り出される鉄骨などの部品、そして造船の基礎となるネジに驚愕したものだ。
工業製品の品質や生産効率には信頼のおけるネジが欠かせない、西洋の文明はそのネジを使うことで生み出されるのだ。
わが国のネジは鉄砲伝来当時のままの手作業だ、西洋では機械化されネジの規格も定められている、西洋に追いつき追い越すためには負けずに精密なネジを大量生産しなければならない、まさにネジは「産業の塩」なのだ。
それがしはそう思って1本のネジを持ち帰った。
帰国後、それがしは横須賀に造船所の建設を計画した、あまりの莫大な費用に幕府の重役たちは驚き猛反対されたが、なんの、一本のネジをふところに交渉に交渉を重ね、無理を押し切り着工にこぎつけたのだ。
したがまもなく幕府は瓦解、それがしは徳川家に忠義の者として薩長に捕らわれ仕返しのように首を刎ねられた・・・
が、見よ!わが横須賀造船所の建設は明治政府にも引き継がれ、日本の近代工業を牽引していった。
一本のネジが日本に夜明けをもたらせたのだ!
「ネジといえば東大阪」と呼ばれる、ぼくらのまち東大阪。
ネジの生産は大阪府が全国一位のシェア50%、二位の愛知県の1.4倍や。
そのネジメーカーが特に集まっているのが東大阪や!ネジはモノとモノを繋げるツール、モノを通じて先人たちの知恵とも繋がるや、ダ・ヴィンチはん聞いてるか~
東大阪でネジ産業が発展したのは、生駒山の水車小屋がルーツと言われていてやな、ネジの材料は知っての通り鉄線で、水車で伸ばしていた鉄線の加工からはじまったんや。
近鉄電車が開通すると鉄線加工の動力は水から電力へ、そうこうするうち第一次世界大戦が始まった。
戦争景気で鉄線は大増産、それにともないネジの生産も盛んになって、大阪市中の機械や造船工場にネジを供給するようになったんや。
ネジの全国シェアも第一次大戦前は大阪2割東京6割だったのが大阪5割東京3割に大逆転、安価なネジ加工機械が開発されたこともあって中小工場が爆発的に増えて東大阪はネジの一大産地となったんや。
そして第二次世界大戦も終わって昭和の高度成長時代がはじまると、自動車産業や家電産業のメーカー向けのネジの需要が急拡大、ピーク時の1970~80年代には東大阪の狭い土地に500社ものネジメーカーが集まっていたんやで。
小栗はんの持ち帰った1本のネジから生まれたネジ産業は東大阪で花開いたんや、そして今も日本最大の産地として「多品種、少ロット、短納期」をモットーに「さびないネジ」「ゆるまないネジ」などなど世界にも認められた高技術で人工衛星やスカイツリー、新幹線など社会のインフラを守っているんやで。
東大阪のネジ産業はNHKの朝ドラ「舞い上がれ」の舞台にも取り上げられたんや、放送見たやろ。
The power of screws changed the world.(ネジのちからは世界を変える)、東大阪のものづくりは世界にトライするんやでぇ!
え?ところで君だれやって? もちろん東大阪のマスコットキャラクターやがな・・・
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

生駒の山に龍がいた!
生駒の山に龍がいた! 前編

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