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親子で楽しむ 『東大阪むかしむかし』

その22  ヨシモト・マンザイ・イケノシマ2017/07/05

むかーしむかし、ヨシモトのルーツは池島にあったんじゃ

ヨシモト・マンザイ・イケノシマ

河内の夏は盆踊り

 河内の夏は盆踊り、盆踊りといえば河内音頭。

 河内音頭とは、むかしから河内一円で唄われていた土着の音頭に浄瑠璃や仏教の祭文が長い時間かけて混ざり合って出来上がったもので、地蔵盆に亡くなった人々の霊を供養する唄として唄われてきました。

 しかし、大正頃まで盛んに唄われていたのは、江州音頭や伊勢音頭で、現代の河内音頭とは節回しが大きく異っていたものです。

ボケとツッコミ

 明治のなかば、大阪の寄席で人気のあった江州音頭の音頭取りに「玉子屋円辰」と言う芸人がいました。

前職が玉子売りだから「玉子屋」、煙突みたいに背が高いところから「円辰」(エンタツ、煙突の河内訛り)と名乗っていました。

 円辰は、慶応元年、河内の国・池島村で農家の3男に生まれ、若いころ隣の市場村(花園)の鶏卵屋の養子に行きました。

 背が高く男前に加えて「声為」とあだ名されたほどの美声で、音頭を口ずさみながら卵を売り歩く姿は、近辺の村々の評判を呼び、彼の商売はたいへん繁盛しました。

 そのうち飽きたらなくなってきて、彼は本格的に江州音頭を修業し、千日前の寄席で音頭取りとしてデビューします。

 そうしたある日・・・・

 寄席で、いつも組んでいる太鼓叩きが休んだので、違う太鼓叩きと組むことになりました。

 舞台で音頭を歌っていると、いつものように調子が乗りません。

 ふと太鼓叩きの方を見ると、その太鼓叩きがあまりに面白い顔をしているので、観客は自分の音頭でなく太鼓叩きの顔ばかりを見ているではないですか。

 腹を立てた円辰は、太鼓叩きを舞台の中央に引っ張り出し、叱りつけ頭を一発張りました。

 すると、太鼓叩きは何を叱られているかわからずに頓珍漢な事を云うので、それを聞いたお客さんが笑い出します。

 業を煮やした円辰が「ええ加減にせい、やってられんわ」と言ったので、舞台が割れんばかりの大爆笑が起こりました。

 ボケとツッコミとは、ここから始まったのだそうです。 

 円辰は一曲・小一時間かかる音頭を、お客が退屈しないようにと名古屋万歳を取り入れ、だんだんと曲を短くしてゆき、掛け合い漫才のスタイルを創り出してゆきました。

風呂政売り出す

 このころ、大阪・玉造、風呂屋の二階で風呂の客相手の小さな寄席を開いている男がいました。

 近所の人からは「風呂政」、色が黒いので「クロ政」などと呼ばれていた「岡田政太郎」であります。

 株の取引で大儲けしたともっぱらの評判で、次の儲け先はと思い立ち寄席を開いてみた次第。

 だが風呂屋の片隅の小さな寄席には、名だたる大看板の咄家なぞ来てくれるわけもなくウダツのあがらぬ安芸人やドサの旅芸人で賄っていました。

 が、風呂屋の客にとっては、そんな格式のある師匠なぞより、安くてオモロイ「風呂政」の寄席のほうが大喜びで、「風呂政」の寄席は近隣で評判を呼ぶほどの大盛況。

 「風呂政」は、これはと本腰を入れて興業の世界へと打って出たのであります。

 「理屈や伝統はいらん! 噺の上手、ヘタも関係ないわい。

寄席みたいなもん、楽しましてくれたらそれでエエ。

お客にとっては安う見られて、何も考えんとオモロイもんが一番なんや。」

 「風呂政」の革新的手法は、

 落語や浪花節の真打や一流どころを避けて、軽く見られていた万歳や軽業などいわゆる「色物」へと、軸足を移していきました。

木戸銭は5銭以下 ~通常の寄席は15銭ほど、なんと風呂政では1銭程度の寄席も!

 多店舗展開 ~一軒赤字でもグロスで儲ける。

 「色物」中心で番組を組み、前座を必要としない、伝統や格式を重んじた当時としては、常識破れのことが、大阪の庶民層に大喝采をもって受け入れられたのです。

ヨシモト誕生

 同じころ、場末で木戸銭5銭を目玉にした三流寄席の太夫元に、「吉本泰三とせい」という夫婦がおりました。

 もともとは大阪の荒物問屋の主人で、興業の世界に入ってきたものの、右も左もということで、「風呂政」の門を叩いたのであります。

そして、ここに岡田・吉本連合が成立しました。

 「風呂政」の経営方針を踏襲することで「ヨシモト」は松島・福島・梅田・天五と次々場末の小屋を手中に収めていき、寄席に「花月」と名付け、巷ではその勢いに「花月派」と呼ばれるようになりました。

 そうこうするうち、その年の師走も押し迫ったころ、突然、盟主の「風呂政」こと「岡田政太郎」が53歳の若さで急逝したのです。

 さすると「ヨシモト」は、「風呂政」亡きあとの「岡田興業部」を吸収し、関西の演芸界に君臨。

 「風呂政」の革新的手法でもって、今に続く、 「ヨシモト」王国を築き上げていったのでありました。

芸の心は池の島

 晩年、玉子屋円辰は郷里・池島に帰り、昭和19年戦争が終わる前に池島で亡くなりました。

 亡くなるまでに数多くの弟子を育て、今に続く上方漫才のいしずえを築いていきました。

 池島墓地には、「玉子屋為吉」と刻まれた墓石が残されています。

 「風呂政」こと「岡田政太郎」は、家業の風呂屋には婿養子で入ったので、もとの生まれは河内・池島村で、慶応三年の生まれです。

 大正六年、興業界での成功を感謝して、生まれ育った池島の池島神社に燈籠を寄進しました。

 その燈籠は現在でも参道の入り口に残されていて、「太夫元岡田政太郎」や「花月亭」などの名が刻まれています。

池島出身のふたりの風雲児は、人々に浪花の夢を残してこの世を去ったのであります。

今なお、夏が来るとこの地には先人たちの霊を鎮魂するがごとく河内音頭が流れています。
おはなし  ひょこタンのパパ
(その22おしまい)


その23をお楽しみに!

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